■はじめに
間抜けな一家が、とんでもないことから引越しをすることになりました。
家探しから引越しまでのことは、今振り返っても奇妙で信じられません。神がかりだったとしか思えないのです。ですから、具体的なローンの借り方などの役に立つ話は、この中にはかけらも出てきません。でも、もしかしたら「家」に対する考え方には共感していただけるかも、と思います。
軽トラックが玄関前に止まった。約束の時間に骨董屋はやってきた。
町外れに店を構えて1年足らずのその骨董屋は、いつも年老いたふたりのオヤジがいて、どちらともなく「いらっしゃい」と声をかけたまま、客のことはそっちのけになにやらふたりで小声で話を続けるという、商売っ気があるのかないのか、よく分からない店だが、品揃えはなかなか興味深く、買い物帰りなどに冷やかしていた。先日も骨董屋の雰囲気が好きな私と、古くてセンスのいいものをすばやく見つける達人の母は、のんきな視線と鋭い視線を絡ませながら、さしてひろくもない店の隅々まで探索してまわった。そして、母はやはり掘り出した。
大振りの備前の壺だ。惜しいかな、一箇所ひびがあり、水はためられそうにないが、インテリアとして楽しむなら、十分備前独特の火の色が味わえる逸品だ。尋ねるとこの骨董屋、商売っ気はしっかりあるのだと分かる値段を口にした。こちらがちょっと難色をしめすと、すっと読み取り「この壺をつけよう。それから、この鉢も」とおまけをつけると言い出した。こうして話はまとまった。
のっけから骨董屋の話などすると大金持ち、少なくても小金持ちのようだが、あいにく我が家トンマ家は、先祖伝来の貧乏神を奉っている家系である。母方、父方、どちらを探しても金持ちなどいない筋金入りの立派な貧乏一家である。しかし、趣味や遊び、やんちゃも大好きな、つまり、おっちょこちょいの一家である。
さて、壺を配達に来た骨董屋、オヤジふたりは、備前の壺とおまけにつけたどこかの壺と鉢を玄関に運び込んだ。母と私も迎えに出たのだが、そのとき、運び込みながらひとりのオヤジが家を仰いでつぶやいた、
「この家はいけない」。
「えっ?」
聞きとがめると、もうひとりのオヤジが「いやあ、この人は少し見えるんでね」とぼそりと弁解した。
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