■ 突如、入院さて季節は初夏から梅雨に入り、夏へと移ろうとしていた頃。
手狭なところへ引っ越し、何かと不便な仮住まい生活にもようやく慣れてきた。
新しい家について、オットは工務店と打ち合わせを重ね、いよいよ家づくりへ向けた動きが本格的になってきた。
ようやく、着工への希望の光が見えてきたようだった。
私はと言えば臨月に入り、病院の検診も回数が増え、毎日イヌ牧場へ行って犬の散歩や世話をするのが体力的にもやっとの毎日になった。
ニンプもよく歩いて、運動しなくては!と思っていたのでイヌの散歩はちょうどいいきっかけだった。
予定日まであと三週間、定期検診で順調ですと言われた次の日も、いつものように愛犬を散歩させるためイヌ牧場へ出掛け、実家に寄った。
あれれ?と変調に気付いたがそのまま散歩して、実家には父しかいなかったのでそのままじゃあね、と帰宅した。
けれど帰宅してもやっぱり少しおかしいので病院に電話すると、やはり
「破水ですね。入院の準備が出来次第、来て下さい。」と言われた。
いよいよのときが来た。
でも予定日までまだしばらくあったので、入院のために揃えるもののリストを見ると、買い足りないものもいくつかあった。
オットに連絡を取ってすぐに帰宅してもらい、一緒に赤ちゃん洋品店で洗面器やらガーゼやら、最後の買い物を済ませ、病院に向かった。
診察後すぐに、陣痛室という部屋に通され、オットと雑談しながらそのときが来るのを待った。

夜になって陣痛が始まった人が入院してきて、看護師さんに
「この人の方が早く産まれそうだから、一旦病室に移ってください。」と指示されて移動し、またオットと時を過ごす。
日付が替わった頃、陣痛が始まった。
お医者さんに診てもらうと、
「すぐに分娩室へ入ってください」と言われ、さっきあとから来た、産まれそうで苦しんでいた人を横目に、先に分娩室へ入った。
立ち会い出産はコワイからいやだよ〜、と言っていたオットだったが、夜中で人手が少なかったのか、分娩室でオットとふたりっきりにされ、私が手を離さなかったので結局ほとんど最後まで、彼は私のそばにいることになった。
いよいよ誕生というとき、あわててオットがスタッフ控え室に飛んでいき、助産師さんとお医者さんを連れてきた。
そうして陣痛が始まって2時間半ほどで、無事長男が誕生した。
ぎりぎりのところで早産を免れ、小さいけれど元気な赤ん坊だった。
それにしても、もう頭が出てるっっという時に、呼びに行くまで放っておかれたのは、やっぱり夜中で人手薄だったせいでしょうか??それとも夜間アルバイトのお医者さんだったから??うーぅむ。
ちなみに、私より先に産まれそうだった人は翌朝になってもまだ苦しんでいたので、私って、かなり楽なお産だったみたいだ。
後から思い起こすと、二日前の日曜日に山へドライブに行き、池のほとりを散歩したのだが、予想に反して道が険しく長く、それでもムキになってオットを振り切って池を一周し、軽いトレッキングになってしまったのが、破水した直接の原因かも。
散歩がいいとは言っても、やっぱ臨月となると程度モノですねぇ...。
赤ん坊にとっては、引っ越しやらはげしい散歩やらに付き合わされて、おなかの中が居心地悪かったのかもしれない。
まあ小さく産まれてくれたおかげで、お産が軽くて済んだのだけれど。
■ 地鎮祭子供が三週間も早く産まれるという想定外の出来事があったが、私の入院中に家の着工の手はずが整ったようで、いよいよ、形ばかりの地鎮祭が執り行われることになった。
そして退院の日、私たちはひとり増えた家族になって、地鎮祭の場所へと向かった。